気付いてしまった。
 自分の醜さに。狡猾さに。愚かさに。


 カレと同じ結論に至ったこの心を。
 ワタシは許すことが出来なかった。















 キミとボクとの幸福論 後編



















  耐えられない。
  
  そう。それは生きることに。生き続ける事に。

  息苦しさを感じている。





 「水羅さん、検温に…って?!水羅さん?!」
 看護婦が検温に病室にきたときに、すでに朝羽の姿はそこになかった。
 死覇装も、刀も、そこにあった。カノジョは今衰弱していて霊圧そのものが安定していない。
 そんな身体でどこに行こうというのか。窓からは処刑台『双極』が目に入る。
 そして、気付く。

 カノジョがとろうとしている、最悪の末路。

 「…っ!!」

 それは『死』を除いてほかに無い。
 
 











 「檜佐木副隊長!!!」
 「…あ?どうした?」
 血相を変えてとある隊員が来た時には何事かと思った。
 「…五席の水羅朝羽の姿が消えました!!」
 「…なんっ…だと…?!何処に行ったんだ!!」
 「…霊圧が通常の時と違い大変弱く…詳しい場所の特定ができません…。
 ただ…その方向は…」
 「何処だ!!!」
 声を荒げて俺はその隊員に詰め寄った。隊員は口を濁しながらこう言った。
 「…『双極』の方角に…」
 「…『双極』だと…?なら、朝羽は…まさか…っ!!」
 俺は自分で結論を言うよりも、隊員に言われるよりも先に、身体を動かした。
 どんなに微弱でもアイツの霊圧ならわかる。それを探れば居場所はわかる。
  
 いや、探らなくても行く場所は一つ。

 『双極』へ。














  死ななくちゃ。

 いまやそれはワタシの義務のようだった。心で反復するその言葉を呪文のように呟きながら『双極』へと向かった。
 身体は重く、脚は鋼のように硬く、それでもワタシは操り人形のように其処に向かっていた。

 耐えられない。耐えられない。タエラレナイ。タエラレない…。
 
 「…っ…!!」
 
 ワタシが望んだことは、カレが望んだこと。

 同じ、こと。

 「…ぅあ………」

 嗚咽をもらす。理解できなかった感情をワタシは理解してしまった。
 どうにもできないはがゆさを知ってしまい、それに伴う性の衝動をワタシは知ってしまったの。
 
 苦しい。

 カレもこんな思いをしていた。だから、ワタシを抱いた。

 想いを、堪える事ができなかった。

 今なら、わかる。イマなら、解る。


 解りたく、ナカッタ。


 「…ぅぐっ…」
 道の途中で嘔吐をした。負の感情に身体がついてこれてないみたいだ。
 「げほっ…かは…ぁっ」
 胃で消化されることのなかったそれらは道に垂れ、鼻につんとくる匂いを放っていた。
 身体は、限界かもしれない。霊圧だって戻ってないし、それでも。それでも。

 ワタシは進まなくてはいけない。



















  死ぬな、朝羽。死ぬな…。

 俺は瞬歩を使いながら『双極』へと急いだ。馳せる気持ちとは裏腹に身体は変わることなく一定の距離を進んでいく。
 もしかしたら、迷いが生じている所為かもしれない。
 
 俺は、カノジョの生を望んでいいのだろうか。

 カノジョをここまで壊したのは俺の所為。それは、間違いないだろう。

 「………くそっ」

 悪態をつく。
 『死』へ追い詰めたのも自分。自分の行動、言動、束縛、その全てがカノジョの枷となって心に負の感情として蓄積し、壊れる原因になった。
 
 原因は、自分。
 それなのに、『生』を望むのか?

 「………」

 それは、正しいことなのか。

 いや。

 俺の行ってきた行動は、正しくはなかっただろう。大多数の人間は俺の歩んだ道を否定するだろう。
 
 だからこそ、行かなくてはいけない。

 俺の所為で壊れてしまったカノジョの心を救いにいかなければいけない。
 救う、なんて偽善は掲げたくはないけれど、死なないでほしいと思うから。
 
 伝えたい。

 ホントウに、愛してることを。



















 「…っはあ…」
 重たい身体を引きずりながらなんとか『双極』の前にたどり着いた。瞬歩が使えないと、不便だと思う。
 「…………」

 目の前には、処刑台。

 ワタシの足元に『死』

 「…」

 あ、やっと楽になれるのね。

 ワタシは迷わずに踏み出して、その崖から下を見下ろして笑った。
 とても、高い。落ちれば死ぬな、って。
 丘に吹く風がそっとワタシの背を押してくれるようだった。

 死んだら、風になるのかしら?

 なんて、馬鹿げた事を思った。

 死んだら、灰になるだけなのにね。



 さ、踏み出す。
 再び、『死』へと。二度目の『死』へと


 ワ タ シ は … ――――――






  「朝羽っ!!!」






 どうして、アナタが、ワタシ、を、よぶ、の?ねえ。なん、で?ナンデ?








 「…どう、し…て…アナタ…が…?!」
 「…お前、死ぬ気か?」

 なんで、そんなこと聞くのよ…!!

 「そうよ」

 ワタシは真っ直ぐそう答えた。









 「……俺の、所為、か?」
 途切れ途切れに俺は言葉を紡いだ。核心に迫る言わなかった一言だった。
 カノジョの表情が歪む。

 ああ。聞きたくなかった言葉だったんだ。

 次の瞬間、罵詈雑言が俺の鼓膜に響いた。









 「あなたの所為よ!!!」
 認めているなら、早く認めて欲しかった。こうなる前にワタシを手放して欲しかった。
 どうしてよ。
 偽りの愛を紡いでまで、空の身体を虚しく抱いてまで、ワタシを求めないで。
 「アナタの所為よ!!貴方の所為よ!!ワタシがこんなになったのも!!ワタシがこんなに苦しいのも!!
 貴方の所為よ…っ!!ずっとずっとそう思ってた!!何が悪かったの?!ワタシが何をしたの?!
 身体を抱いたって、この心は抱けないことに気付いてたくせにどうして…っ!!どうしてぇ…っ!!」

 なみだが、あふれる。
 くやしいから?かなしいから?いたいから?はがゆいから?

 わからないの。

 「もうっ…いやぁ…苦しい思い…したくないのぉ…っ!!」

 ワタシ、もう、生きていけない。











 「…朝羽…」
 なんて言葉、紡げばいいんだろう。

 ごめん?

 違う。

 許して?

 違う。

 …じゃあ

 「…朝羽が、好きなのは、嘘じゃない…」

 これだけは、わかってほしい。
 












 「今更…何を言うのよ…」
 そんなこと言われたって、あたし、なにを言えばいいの?
 「嘘じゃない。嘘じゃないんだ。それだけは信じて欲しい。伝え方は…間違ってたと思う。だけどっ…!!
 俺だって、苦しかったんだ…!言い訳になるのも、自己弁護になるのもわかってる…!!」
 どうして、そんな、苦しい表情をするの?

 やめてよ。ヤメテ。

 「もう、堪える事が出来なかったんだ…!!好きすぎて…触れたくて、抱き締めたくて…!!」

 や め て

 ヤ メ テ

 「朝羽が…本当にすきなんだ…!!」

 そんな アイ の こと バ つむ ガ な イで …

 「やめてぇぇぇぇええ!!」

 ワタシは叫んだ。カレの言葉をかき消すように。
 自分の気持ちを否定するように。










 「やめてやめてっ!!!今更そんな言葉言わないで!!!何を考えてるの?!
 イマまで好き勝手自分勝手、ワタシの心も身体も弄んだくせに今更…なんなのよぉっ?!」
 
  ホント 今更だよな。

 「好き?愛してる?今更…なに?!そんな言葉、今更ワタシに伝わるなんて思わないで!!
 …その所為でワタシはこんなに苦しい想いをして、苦しんで辛くて、死にたくなってるんだよ…?!」
 
 抗いきれない罪の重さを今更に感じてる。

 全て 今更 だ。

 「まだ…ワタシに奇麗事言うの…?まだワタシを苦しめるの?私に生を強要するの?!
 生きることに疲れたの!!貴方にこれ以上振り回されるなら…」

 カノジョは唇を強くかんでいて、その表情は悲痛に歪んでいて、どうしようもできなくて、
 踏み出したい一歩はいつまでも踏み出せずにいた。

 「死んだ方がマシなのよ!!!」

 聞キタクナカッタ その コトバ
















 言った。言ってしまった。カレを傷つける最大のコトバ。

 「…だから…止めないで…っ」
 「…………それは…できない」

 それでもカレは諦めなかった。

 「どうしてよ…っ!!」
 「死んで欲しくない。ここで、簡単に見捨てられるような気持ちなら…こんなことになってない…。
 俺のためじゃない。俺のために生きてくれなんて言えないから…。
 朝羽が死んだら他の人も哀しむ…だから、生きてくれ。ここで、死なないで欲しい…」

 どうして どうして どうして!!

 「…もう…たくさんよ…。そんなキレイなコトバ…」

 ツカレタ。
 疲れたの。
 止めないで。

 ワタシは ワタシの時間ヲ 止めタイノ。

 「…止めないで…」

 ワタシは一歩、死への最後の一歩を踏み出した。

 身体が、ふわりと、浮かんだ。











 「朝羽っ!!!!」












 カレが呼ぶ コエ が トおく トオく 

 


























 それでも ワタシは 死ねなかった。

































 「…なんで、助けるの…」
 「嫌…だから…自分が死ぬより嫌だから…っ!」
 ワタシはカレの腕の中に居た。死のうと思って崖に投げた身体は、カレの腕の中できつく抱き締められていた。
 また戻ってきた双極の丘。
 「お願いだ…!!死なないでくれ!!嫌なんだ…っ!!」
 「…また…そんな、奇麗事…」
 もう言い返す気力もない。ワタシには抗う術も、逃げる術も、なにもない。

 ただ、頬に落ちてくる熱い何かが、ふっと意識を覚醒させてくれた。

 「…なんで…泣くの…?」

 ふっと見上げると、そこには静かに涙を流すカレの顔。
 そういえば、ワタシを抱く腕が震えている。

 イマまでこんなことなかったよね。

 「………修兵…」

 「朝羽…朝羽…っ!!」

 ワタシの名前を呼んで、一段ときつく抱き締めてきた。

 「嫌だ、嫌だ…っ!!死ぬなんて…嫌だ…っ!!!」

 まるで駄々をこねる子供のように、カレは言った。
 泣きながら、言った。泣きながら、言った。

 「…勝手な人ね…」

 苦しい想いをして堪えきれなくなって、ワタシを無理に抱いて、気持ちを無視して抱きつづけて
 ワタシが死のうとしたら、今更気持ちを正直に告げて、死なないでなんて駄々をこねて

 勝手な人。

 「…ごめん…朝羽…ごめんっ…!!」

 今更、謝るだなんて。馬鹿な人。

 ホント…馬鹿な人。

 「…勝手よ。勝手すぎるわ。…イマの貴方にワタシの言葉を棄却する権利はないからね…?」
 「…うん…わかってる…」
 「…責任、とって。ワタシをここまで追い詰めて、死ぬ思いまでさせて、ぼろぼろにした責任、とって」
 「………」

 これは、罪滅ぼしよ。
 貴方にあげる免罪符よ。

 「貴方が死ぬまでワタシを愛して。他の人なんて見ないで、ワタシだけ愛して。他の人を愛した瞬間に、ワタシは死ぬわ」

 『愛する』という罪を孕ませてあげる。

 『愛する』ということが、アナタの罪。
 『愛する』ということが、アナタの償い。

 「…いい?」
 「…わかった。俺は、朝羽だけ愛してる…イマも、これからもずっと…」

 貴方にとっては 簡単なことだったかもしれないわね。

 でもね。
 
 ワタシにとっては賭けだった。



























 数年後。

 「朝羽」
 「ん?なぁに?」

 ワタシは幸せに暮らしている。これを幸せと形容してもいいのかは、ワタシが決めることだからワタシは幸せなのだ。
 
 「身体、大丈夫か?」
 「うん。平気」

 ワタシの身体は、精神を蝕まれた所為で元の身体に戻ることはなかった。
 それでも、生きていくに支障はなく仕事もそつなくこなしている。
 イマも変わらない五席の位置を保っている。

 そう。ワタシは、幸せだ。思い込みでも構わない。
 幸せなんて、思い込みみたいなものだ。だから、これでいいんだと思う。

 「…朝羽」
 「ん?」

 カレは変わらずワタシを呼ぶ。カレも副隊長のまま、ワタシの前の愛しい人の下で働いている。
 そして、ワタシだけを見ている。ワタシだけを愛してくれている。

 一途に、ただ一途に、愛してくれている。

 これが、幸せなのだ。

 誓約がカレを縛っているとは思っていない。カレは好きでワタシを愛している。
 誓約は口実に過ぎないのだ。

 
 そしてワタシも賭けに勝った。


 「どうしたの?修兵?」
 「…朝羽は、俺のこと好きか?」
 
 「好きよ」

 
 カレを好きになることができた。
 
 歪んだ愛され方ではなく、縛ってでも誠実に愛してくれたのなら、ワタシはカレを愛せると思った。

 「…うん」
 カレもそれをわかっているようだ。この言葉は嘘でなく、限りなく本心に近いと。
 「修兵は?」
 カレは朗らかに笑ってから、ぎゅっとワタシを抱き締めた。
 
 「好きだ。愛してる」

 変わらない、カレの気持ち。
 
 「うん。私も」

 変わった、ワタシの気持ち。

 やっと一つになれたね。
 やっとシアワセになれたね。

 ね、修兵。

















 キミの幸福論じゃボクは幸福になれない。
 ボクの幸福論じゃキミは幸福になれない。

 なら

 二人で紡ぐ幸福論ならば ボクラは幸福になれるだろう。
 僕が君のことを考え 君が僕のこと考えて 導く幸福論。

 そう それは キミとボクとの幸福論。


 


 

 
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 −後書き−


  4300HIT 感謝!!
  …んまぁ、例の如くで遅れてますがね…!!

  リクエストは「不幸せの方程式」の続編…ということで、めら長くなりました。
  …なんでだろう。前後編だなんて…(聞くなってな)
  どうなろうがいいです!と言われましたが…こうなりました!!
  シリアスダークのハッピーエンドvvみたいな。

  「キミとボクとの幸福論」
  結局二人は持論の幸福論では幸せにはなれなかったのです。
  自分の幸せ優先したって、どうにもなんないんですよvvってことです。
  誰かと幸せになりたいなら、その誰かのことを考えてこそ幸せになれるのでは?みたいな。
  だから、主人公は自分を曲がりなりにも想ってくれている修兵に一つ賭けをしたのです。
  …っていう詳しい解説のようなものをしても訳がわかんなくなるので、このへんにしておきます。

  結局、幸せは、自分ひとりのものではないです。
  私は想うのです。
  誰かが私が居ることが幸福だと想ってくれるなら、それは幸せなことだなって。
  そして私もその誰かの傍にいれることが幸福だと思えるなら、それはとても幸せだなって。
  そう。幸せは分ち合うもので。与えるもので。誰かが私にくれるものであり。作り出すものなんだな。って。

  …はっ!!後書きがながい…っ!!!

  ま、まあ、ぐだぐだ言ってる分思い入れが強いものになりました…。
  
  …捧げます。修兵が大好きな貴方に。私の文を好きになってくださった貴方に。

  キリリク感謝☆



  夜月哀那



                                                                                         (c)POT di nerezza A.Y I.A H.K  
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