体だけの関係。
 歪な関係。

 辛うじて二人を繋げていた。

 まるで細い細い絹糸のように。

 今にも切れそうで、それでも強く強く二人を繋げていた。














 キミとボクとの幸福論 前編



















 「…朝羽」
 「副隊長…」

 あの日から、カレはわたしを名前で呼ぶ。

 「今日部屋に来い」
 「…はい」
 
 もう抵抗する術も、断る理由もわたしにはなかった。
 ただ従うのみ。堕ちたこの身をカレに捧げるだけ。
  それだけの、歪な関係。

  コワレタ、関係。














 「あっ…しゅう、へいっ…!!」
 「朝羽…っ」
 あの日から重ねるようになった体。あの日のような抱き方をカレは二度としなかった。
 わたしを慈しむように、愛するように、優しく抱いてくれた。その愛を錯覚させるように。
 歪でもそれは真実であるかのように。
 
 わたしたちの間にもう真実の愛など、生まれはしないのに。

 名前を呼べ、とカレは言った。だから行為中はカレを名前で呼ぶ。
 それになんの意味があるのかわたしには理解できない。

 キスをしろと言われればするし、脚を開けと言われれば開く。
 上で動けと言われれば上で腰を振った。
 わたしは何一つカレにはむかうことなく夜の情事をすごしていた。

 気持ちとは裏腹に熱くなる体。カレを求めてやまない淫乱な体。
 口から出るのは甘い吐息と喘ぎ声。自分の声じゃないみたいに思える。だけど、カレが抱くのはわたしだけで
 わたしが抱かれるのもカレだけ。
 
 カレはわたしを愛していると、言った。

 「…っああ!!」
 「…っく…」

 放たれたカレの熱い精。最初は異物感を覚えてたそれも慣れてくると気持ちのいいものだった。
 
 「…んぅっ…」
 
 必ず一回イクごとにカレは唇を重ねてきた。甘い感覚に頭の思考回路が麻痺していると、自然とわたしはそれを求めるようになった。
 首に手を回して、狂おしくカレを求めた。

 「もっとぉ…」
 「…ああ」

 いつからこんなになったのだろう。
 いつからこんな風になってしまったのだろう。

 カレに壊されたあの日から、だろうか。

 …それとも。

 わたしがあの人を好きになってしまったあの日から、すでにこの日々は決まっていたのかもしれない。
 













 変わらない、朝。
 変わっていると言えば、腰に鈍痛が走り体中にカレの痕が残っていることくらい。
 でも、死覇装を着ればその痕は見えない。腰の鈍痛だって人に言わないようにすればばれる事はない。
 人目を盗むかのように構築されるわたしとカレの関係。
 
 いつもこうだった。
 朝には必ず自分の部屋にいた。カレの部屋で寝たとしても、朝になれば見慣れた自分の部屋。
 …カレと共に迎えた朝などあったのだろうか。

 「…仕事、いかなくちゃ…」

 夜の方がまだ気が楽だった。
 朝にはあの人と顔を合わせなくてはいけない。

 わたしのイトシイ人。
 

 八番隊隊長 東仙要。


 今じゃその姿を見ることすら辛い。
 穢れた私の体、カレに抱かれた私の体。心も壊されて、それでもなおアナタを思うなんて、虫が良すぎるかもしれない。
 
 でも、好きだといまだに思ってしまう。
 それによって罪の意識に苛まれる時もある。でも、駄目なのだ。
 私がすきなのは、やっぱりカレじゃなくアナタなのだ。

 「おはよう。水羅」
 「…あ、おはようございます。東仙隊長」
 
 変わらないアナタが愛しい。穢れてしまった私は、アナタが愛しい。

 「…朝羽」
 「…っ」

 思わず身を強張らせた。カレの声が背後からしたからだ。

 「おはよう」
 「おはようございます…副隊長」

 社交辞令。上司と部下の最低限の礼儀。
 朝の挨拶を交わした後、逃げるように私はそこから立ち去った。

 二人に囲まれているのはあまりに辛すぎる。
 いまの私には、辛い。心臓が抉り出されて、外気に晒されて血液を求めているみたいに、枯渇する。乾いていく。
 枯れてしまいそう。
    
 「っ…!!」

 つらい。
 辛い。
 ツライ。

 かれる枯れる嗄れる。枯れてしまう。嗄れてしまう。

 私が何をしたの?ねぇ、私が何をしたのよ…。

 「酷い…よぉ…っ!!」

 カミサマ。

 ねえ、神様。

 私がいけないことをしましたか?
 あの人を好きだと思ってはいけなかったんですか。
 カレに対し、私が何をしましたか。
 何か、私が、アナタに対し、いけないことを、法や道徳に背くことを、私がわたしが、ワタシが、何をしたと言うの?

 ねえ。

 誰か。


 答えて。

















 「…朝羽…さん?」
 「…桃ちゃん…」
 五番隊副隊長の雛森桃がそこに居た。知らぬ間に朝羽は壁にもたれていたらしく、それを心配して雛森が話し掛けてきたのだ。
 心配そうに朝羽の顔を覗く。
 「…大丈夫ですか?」
 「…うん」
  この子を心配させちゃいけない。人一倍責任感が強く、義理深い子だから。私なんて気にかけたら駄目だよ。
 心がそう言ったから、精一杯の笑顔を見せた。
 壁から離れて雛森の方を見る。とても心配そうにしていた。
 「ごめんね。こんなとこで壁にもたれちゃって」
 「いいえ…。顔色悪いですよ…四番隊呼びましょうか?」
 「ううん!いいのいいの!」
  そんなことすればあの人の耳にも、カレの耳にも、私が四番隊に行った事が入ってしまうだろう。
  それは、避けなくてはいけない。
 「じゃあね。桃ちゃん」
 「…はい…」
 雛森にそう別れを告げて、隊舎に戻ろうと一歩踏み出したとき

 視界がぐらりと揺れた。

 「…え………?」

  あ、倒れるな。って思ったときにはすでに私の体は床に倒れていた。

 「朝羽さん!!!」

  桃ちゃんの声が遠くに聞こえた。

  ああ。そういえば、ココ最近碌に寝てなかったし食事もまともに摂ってなかった気がする。
  『痩せたか?』
  カレがそう言ったから
   
  『アナタの所為よ』

  って言いたくなった。

  じゃあ、これもやっぱり
  『アナタ』の所為ね。


 















 「…………ん……」
 「あ…気付きました?」
 「…ああ…」
 倒れたのね。そういえば。
 靄がかかった思考を研ぎ澄ませるのも億劫で、とにかくイマは体を横たえていたかった。
 ちくりと右肩口が痛んだのは、あの刀傷の所為だろう。あの日傷つけられた傷の所為だ。
 「…」
 「…なに?」
 傍で看ていた四番隊の隊員が何か聞きたげにしていたので、朝羽から投げかけた。
 「…あの、右肩の刀傷は…」
 「…正式な処理は施されてないわ。いいの。仕方のなかったことだから」
 「…そう、ですか。あと、今回倒れられた原因なんですが身体疲労と精神疲労が重なったものです。
 どうか今は安静にしていてください」
 「…はい」
 身体疲労と精神疲労、か。思い当たりすぎていて、やっぱりかと納得してしまった。
 無理なんだな、身体も精神もすっかり蝕まれていてどうにも、駄目なんだ。
 ここに立ってることすらままならない、此処で平常を保っていることももう無理なんだ。
  ふっと目を閉じたら、ほんの数ヶ月前の生活が瞼の下を過ぎった。
 
 壊れるのって簡単なんだね。

 「……………………」
 「水羅」
 「っ!!?」
 聞こえたその声に身体が無意識に反応して、身体を起こしそちらを見ていた。
 「あ…」
 「無理に身体を起こさなくてもいい。そのままにしていて構わない」
 「…はい…東仙隊長…」
 間違いない。東仙隊長だ。どうしてきてくれたんだろう。
 嬉しさと戸惑いから顔を上げることが出来なくて、俯き気味に東仙隊長の方を向いた。
 「あの…どうして…?」
 「さっき四番隊の子が一人、私を呼びにきてくれて話を聞いたんだ。その右肩の刀傷のこと」
  ああ。さっきの子言っちゃたんだ。知られたく、なかったのに。
 「…はい」
 「虚によるものではないだろう?…誰にやられたんだ?」
 「………」
  この人を欺くことは出来ないんでしょうか。欺きたいのです。どうしても、気付かれたくないのです。
  カレとワタシの関係に。気付かれたくないのです。
 「…言えま、せん…」
 「…どうしてだい?」
 「…どうしても、です…。すみません…東仙隊長でも、言え、ません…っ」
  ごめんなさいごめんなさい。貴方すら欺いてしまうワタシを許してください。
 朝羽は顔を俯かせたまま、か細くそう呟いた。掛け布団の上握った手のひらから段々と血の気が引いていった。
 肩が震えていく。身体が、不安で震えていく。
 「…わかった…。君がそこまで言うなら無理には聞かないよ」
 「…あり、がとう…ございます…」
 小さく頭を下げてその頭をあげた時、暖かい感触が頭にあった。
 「…あ…」
 「無理を、しなくていいんだ。話なら、私はいつでも聞くよ」

  なんで、なんで、なんで、貴方はこんなに優しいのですか?

  その、ヤサシサは、今のワタシには、

  痛くて、イタクテ、痛クテ、イタイ。

 「…あり、がとうございます…東…せんっ…たいちょぉ…っ」

  ガマン、できない。

 「…水羅?」

 朝羽は声も上げずに泣き出した。肥大化した負の感情に心を押しつぶされて、どうにもならないこの状況での東仙の優しさは、
 ギリギリで保っていた朝羽の心のストッパーを外してしまったのだ。
 「もう…っ駄目なんです…っそんなっやさしく…されたら…っ!!ワタシは…っ!!」
  
  心が壊れてしまう。どうにもならない狭間にはさまれていて、押し潰されてしまいそうで、

  今にも砕けてしまいそう。

 「どうしたんだ…?水羅…」
 「たいちょお…わたし…どうしたらいいんですかぁ…っ」
 事情も知らぬ東仙はただ困惑したまま、堰を切って泣きつづける朝羽を見ていた。
 しばらくそんな状態が続いてた時、ゆっくりと朝羽を抱き締めた。真綿で包み込むように優しく、優しく。
 朝羽はいきなりの出来事に身体を震わせたが、直に肌に伝わってくるその体温にゆっくりと身をゆだねた。
 「…たい…ちょう…?」
 「…何故、君が泣いているのか私にはわからない。でも、今こうしてあげることは出来る。
  泣きなさい。泣き止むまで、こうしてあげるから」
 「…はい…っ」
 しばらく、二人はそうしていた。
 





 修兵は、朝羽が倒れたことを雛森から直に聞いて朝羽の元に駆け付けたが、
 そこには泣いている朝羽とその朝羽を優しくまるで恋人のように抱き締める自分の隊長。

 見たくなかった、情景。

 わかっていた。別になんの意味もない、ただの東仙隊長の優しさだということも。
 でも、朝羽にとって、東仙を好きな朝羽にとってそれはどんな意味を持つんだろうか。

 ――――怖い。

 自分のしてきたことを正しいとは思っていない。自責の念もあるし、自戒しなくちゃいけないこともわかっている。
 だけど。だけど。

 言葉で語れないほどに、朝羽を求めている自分が居る。
 それも、わかっているから、尚苦しい。
 相手を苦しめるとわかっていながら、求めてしまう愚かさ。
 
 「……っ」

 こんな、嫉妬心。醜いだけ。なのに。
 止まらない。
 
 カノジョに自分以外が触れて欲しくない。
 誰も触れるな。

 カノジョが自分以外を隣に置いて欲しくない。
 誰も近寄るな。

 カノジョが自分以外を好きにならないでほしい。
 誰も好きになるな。

 止まらない。トマラナイ。止マラナイ。

 カノジョは、朝羽は、自分だけのモノ。

 「………っ!!」

 逃げ出すように、溢れ返る嫉妬心を抑えるように、修兵はそこから駆け出した。







 しばらく東仙の胸を借りて泣いた後、自分の醜態に気付いて朝羽は身体を話した。
 「すいません…」
 「いいんだよ。そこまで何かに追い詰められていたんだし…」
 「…はい」
 朝羽はそれ以上口を開くことはなかった。顔を俯かせて押し黙り、東仙の言葉を待った。
 「…じゃあ、私は仕事があるから」
 「あ、はい。すいません…お時間を…」
 「いいんだよ。また何かあったら私のところにおいで」
 「…はいっ」

  なんて、なんてこの人はやさしいんだろう。
  出会ったときから変わらない、スベテを包み込んでくれる優しさ。
  暖かい言葉と包容力。何も聞かずに傍にいてくれる。

  ああ。やっぱりこの人がワタシは好きだ。

 「身体はちゃんと治すんだよ」
 「はい」
 精一杯の元気を装ってそう応えた。
 東仙が去った後、朝羽はまた顔を俯かせ暗澹とした思考をめぐらせていた。

  ドウスレバ イイノダロウ

 すでにまとまりのつかなくなっている思考の海は、正しいことと悪いことの判別すらできなくなるような危うい状況にあった。
 道を踏み間違えてしまいそうになりそうだ。

  …あの人は、ワタシを好きではない。ワタシはあの人が好き。
  カレはワタシが好きで、ワタシはカレを…好きではない。

 報われないメビウスリング。混沌とした感情の渦の中、朝羽は一つの答えを導き出した。

  ――――そうだ。あの人に、抱いてもらえばいい…。そうすれば、あの人は、ワタシの…

 答えを導き出して、そして、気付いた。
 カレを同じ結論に自分も至ったことを。


 『俺はお前が好きなのに、お前は俺を見ていない』


 同じ。



 『それでわかった。伝えても俺の想いは叶わない事に』



 同じ。



 『だから、思い立った。お前の思いを東仙隊長が受け入れてくれるとは思えない。
  だから、お前は俺のモノにする』



 同じ、同じ…オナジ結論。




 『お前の幸福論じゃ、俺はシアワセにはなれないから』




 ワタシの幸福論じゃ、東仙隊長はシアワセにはなれない…。


 オナジ。同じ。同ジ。


 カレもこう思って、ワタシを抱いたの…?
 
 「あ…あぁ…っ」

 醜い。自分は醜く、愚かだ。狡猾で、カレと同じ。
 自分がいいだけ罵倒した、カレと同じ。

  本当に、ドウシタラ、良いのだろう。

 





 その時、ふっとワタシの目に双極の丘にある『双極』が目に入った。









 ワタシに残された道は一つ。













 後編に続く⇒



                                                                                          (c)POT di nerezza A.Y I.A H.K  
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送